南原竜樹の現在!借金100億からの復活劇

マネーの虎で「冷徹な虎」として存在感を放っていた南原竜樹さん。
個人的にも、冷静で分析力があり、情熱も持っている南原さんは好きな社長の一人でした。

 

南原さんが社長の「オートトレーディングルフトジャパン」はマネーの虎が終了した翌年に大きく経営が傾き、全社員を解雇、南原さんも100億円近い借金を背負うことになりました。

 

現在では再び年商100億円まで復活した南原さんですが、一体どんなジェットコースター人生を送っているのでしょうか。今回は南原社長の現在や復活劇についてまとめました。

南原竜樹

 

南原竜樹のプロフィールと噂

生年月日:1960年5月29日

 

南原さんの両親はとても厳格な人で、幼い頃はよく怒鳴られたり叩かれたりして育ったそうです。

 

子供の頃から車が大好きだった南原さんは、高校生の頃からお金を貯めて、当時、同年代では誰も乗っていなかったホンダドリームCB750FOURを購入しました。

 

大学生の頃にヨーロッパを旅行して、高級車の価格差に驚き、当時では珍しかった高級車の輸入販売を開始。その後も日本のバブル景気や外国の貨幣危機を上手く察知して、会社はうなぎ昇りに成長しました。

 

 

マネーの虎に出演していた頃は年商55億円の大物社長でした。マネーの虎での南原さんは「フランスロール」というスイーツの志願者に出資し、車を手配してあげたりアドバイスをしていました。

フランスロール

 

この志願者は南原さんの読み通り、どんどん力を付けていき年商1億円にまで昇りつめました。

 

南原さんは必死にスイーツを売る志願者の姿を見て
「若者が一生懸命頑張っているのを見るのは、なんかジーンとくるね」
と目にうっすら涙を浮かべていました。

 

南原さんも若い時代はバイトを3つかけもちして、寝る間もなく働いていたそうです。
かつての自分の姿とかぶるような一生懸命な人には出資してくれる人間味が魅力的でした。

 

ちなみに、フランスロールで大成功したこの志願者は後に脱税で逮捕されてしまったようです。

 

南原さんはこの志願者に
「ちょっと成功したくらいで天狗になるな!もっと勉強して大きくなれ」
と言っていましたが、南原さんの言葉は届かず残念な結果になってしまいました。

 

他には、ニューヨークの高級タオルやバスグッズを輸入販売したいという志願者に出資しかけたことがあります。

 

この志願者の女性はニューヨークの金融市場で大金を動かしていた敏腕で、南原さんも彼女の計画性や行動力を高く評価していました。

 

最終的に南原さんは
「あなたは私の力を借りなくても成功できる」
と言って出資には至りませんでした。

 

マネーの虎ではイジワルな社長が志願者の粗をつつく場面も多く見られましたが、そんな場面で志願者をフォローしてあげる南原さんには優しさを感じました。

 

「世界一のパスタ屋を作りたい」という志願者に対し、なんでんかんでんの川原社長が
「本当に世界一のパスタなの?これまで世界中を回ったの?」
とイジワルな質問をすると、志願者は
「4カ国ほどです」
と応え、
「じゃあ世界じゃないじゃん!」
と責める場面がありました。

 

ここで南原社長は
「それは世界でも通用するという意味での世界一であって、そんな細かいところをつついても仕方ないですよ」
とフォローしていました。

 

南原さんは経営者としての能力も高く、人間的にも魅力のある方なので成功して当然だと思います。
一度、転落して復活できたのも、根本的な力が備わっている方だからなのでしょうね。

 

ちなみに、南原社長と川原社長は仲が悪いように演出されていましたが、実際は仲がよく交流もあったそうです。





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南原竜樹の現在と復活劇

南原社長の会社は、2005年にローバが経営破綻したことで窮地に追い込まれました。

 

ローバがメインの取引先だった南原社長の会社は、ローバの破綻により大量の不良在庫を抱え、経営を続けていくことができなくなりました。

 

300人近くいた社員を全員解雇して、一人で敗戦処理をすることになった南原さんですが倒産や自己破産は考えなかったそうです。

 

倒産させれば残った莫大な借金はなくなりますが、それは会社にとっての死であり、多くの関係者に迷惑をかけることになります。

 

倒産させずに一人で返済していく道を選んだ南原さんは、残っていた会社の資産を少しづつ売却していき、毎月1億円づつ返済していました。

 

自分の給料は当然0で、事務所にあった机や椅子を一日一品づつネットオークションに出し、少しでもお金を作っていました。この頃は極貧生活で、一日パン1個で過ごすのも普通だったそうです。

 

住んでいた六本木ヒルズのマンションにも住めなくなった南原さんは、ホームレスにまで転落しました。公園のベンチで寝ていると警備員に怒られたので、高速道路の高架下を寝床にしていたそうです。

 

この頃、南原さんは再就職を考えたこともあったそうです。

 

しかし、35歳を超えて雇ってくれる職場は警備員や介護職がほとんどでした。
かつての取引先の会社に就職して、年収2000万円くらいもらうという選択肢もありましたが、それでは面白くないということで、もう一度経営にチャレンジすることを選びました。

 

知り合いの会社に居候させてもらい、元手が少なくていい人材派遣事業から再スタートを切りました。高齢化社会になるのは明白だったので、医療・介護に特化した人材派遣会社を作り成功!レンタカー事業や、高級時計の輸入販売などに手を広げていきました。

 

そして現在では複数の事業をもつグループ会社に成長し、年商100億円、社員3000人の巨大グループになっています。

 

やはり実力を持っている人は何度でも復活できるようですね。
南原さんは自分が復活できた理由について、生活レベルを下げることができたから、と話しています。

 

一度、贅沢を経験した人はお金がなくなっても生活レベルを下げれずに、借金してでも生活レベルを維持しようとするそうです。

 

南原さんは上下1万円のスーツやコンビニのパン一つでも満足できるところまで生活レベルを落とせたので、再起のチャンスをものにできたのでしょう。

 

ビジネスを成功させるには知識や技能もさることながら、精神的な強さが不可欠なのでしょうね。





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